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奈良路は秋彩 2

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談山神社 2

 

蘇我蝦夷と入鹿親子の勢力が極まっていた舒明・皇極二代の天皇の世
国の政治をほしいがままにしていたこの時
中臣鎌子は国家の正しい在り方を考えていた
たまたま飛鳥の法興寺でけまりえがあった際
聡明な中大兄皇子にまみえることができ
645年5月、二人は多武峰に登り「大化改新」の談合を行った
それからこの山を「談い山」「談所ヶ森」と呼び
談山神社の社号の起源となった